釜山港へ帰ったの巻き〜アート編〜
2008年10月28日
再び釜山の話に戻る。何もわざわざテーブルいっぱいに小皿が広がるコリアンフードを食べるためだけ飛行機に乗ったわけではなく、、実はこれ⤵
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を、観に行ってきたのです。あっ、パースが付いていて読みにくいですね。「釜山ヴィエンナーレ」です。
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あやややや〜、宮永愛子ちゃんの作品?ではなくこれは本物の水槽。中の魚は食べられます。
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こっちが本物。ちなみに中の飴細工の様なものは食べられません。ナフタレンでできてます。彼女は日常の、ありふれたモノたちを型取り、ナフタレンで作り直したものたちを水槽の中に閉じ込めたのです。ナフタレンは空気に触れるとどんどこ昇華していきます。なので、それらは美しい結晶体となり水槽の内側に移動して生息してます。もちろん、やがて、大きな空気中に流れ出していなくなってしまう。ミステリー小説の、密室殺人とかの、なにかにでてきそうなお話、というか作品。
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ハイヒールやバレエシューズ、それに男物の靴
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鍵や電話、、、そしてナフタレン。
はかなく、美しく見えるその結晶には毒性や可燃性もあり大量の使用には危険も伴うであろう。でも人は時として毒に大きな「魅力」を感じる。もちろん判断がつきにくい子供にとっては毒はただの毒である。でも大人になれば毒が薬になることもある。きれいなバラには痛〜いとげがあったり、ミステリアスな男性にあかん!と思いながらも惹かれたりと、「きれい」や「美しい」「魅力的」と感じるモノやコトには大人な理由がちゃんとあるのだ。などと、、でも、消えるんじゃなくてちゃんと地球のどこかに、はたまた宇宙のどこかに在るんですよね。
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これは韓国料理の店先に並ぶ薬草酒たち。
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これは展示会場に並ぶサムゲタンたち?ではなく作品です。
愛子ちゃんの作品といい、こういう標本系のものに自分が惹かれるのは、やはり私の、嗜好なのであろう。確かに、わが家のコレクションボードには、ビーバーや小型ほ乳類の骨格標本、FRP製の人体骨格標本が並んでいるな〜。クローネンバーグの映画も好きだし、、ちなみに家族には不気味扱いされている。ある作品や、モノに惹かれたり、美しいと思うことの裏側と、自分にとって料理を作る、食べることには共通したものがあるのだろうか?。
う〜ん、例えば料理をモノとしてその形の変化だけをとらえてみよう。
美しく盛られた素晴らしい料理は口に入ればバラバラに噛み砕かれ、胃散でドロドロに溶かされる。そして腸で必要な養分を吸収され、次の日にはあんなに色とりどりであった食材たちも茶色のう♨ことなり、汚い!臭い!などと酷い扱いを受ける。どんなにおいしい料理も食べればう♨こ、食べ残せばゴミ、そのまま放っておくと腐敗。でも、下水に流されるにせよ、地中に埋められるにせよ、やっぱり地球のどこか、宇宙のどこかにあることには変わりない。大事なことはその一皿に至った道のり、それとその場に居合わせた人との間に持つ小さな秘密だ。他の人にはわからなくても、自分は何かを知っていたり、信じていたり。
そう思うと一人で食べるより、やっぱりたくさんのお皿が並んで、気さくに楽しく、美味しいものを誰かといっしょに食べたい。わざわざ関空まで出向いて飛行機にも乗るのだ。そんなことを言うと「物語」を求めているのかと言われそうだけどね。「思い出づくり」は結果であって目的ではないから大丈夫。





